2017.8.26公開、ジム・ジャームッシュ監督の映画「パターソン」HPにコメントを、雑誌「FIGARO」10月号にエッセイを寄稿しました(下記に全文を掲載)。
良かったら是非ご覧ください。
http://paterson-movie.com/

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マッチ箱の中の小さな日常、かけがえのない物語
文/菅原敏 詩人

パターソンという小さな町に住む、バス運転手のパターソン。お昼にはベンチで奥さんのサンドイッチ、そして彼女のために詩を一篇。街の人の足となりバスを走らせ、空いた時間にノートにペンを走らせる。流れてゆく車窓。ただいま。おかえり。しずかなキス。犬の散歩。いつものビール。ふたりで眠り、おなじ時間に目を覚ます。

詩は生活のどこにでもあって、パターソンはそれらをそっと持ち帰り、ひみつのノートにしまい込む。そんなマッチ箱の中の小さな日常が、心にやさしい火をともしてくれる。

つつましくも豊かな暮らしの中で生まれる言葉たちは小さな宝石のようでもあり、暮らしそのものが宝石のようでもあり、午前6時の奥さんの寝顔は宝石そのもので、手作りの不思議なパイが美味しくなくとも笑顔で流し込むガッツを持ち、おやすみのキスで一日の最後に「。」を打つ。

色紙を静かに重ねるように過ぎゆく詩人パターソンの一週間を心地よくなぞりながら、ついつい自分の暮らしと比べてしまう。他の仕事を辞めて詩人として生きていくことを選んだ私はしばしば膝を抱え、天井の灯りを二つの湖を通して見つめる羽目になりつつも「当たり前の幸せは諦めるんだ」と言い聞かせてこの5年を過ごしたけれど、パターソンと眼差しを重ねるうちに、小石みたいに蹴飛ばしていた日々の小さな幸せに気づくようになったりする不思議。彼が詩を捧げた何の変哲も無い「OHIO BLUE TIP MATCH」。だけどその青いマッチを一本すれば、あなたが心のどこかで求めてる、ほんとの暮らしが、ふと浮かび上がってくる物語。
(「FIGARO」10月号より)

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