2018年2月号の『Hanako』にて、チョコレートにまつわる短編2編を書き下ろしています。穂村弘さん、最果タヒさん、山崎ナオコーラさん、岸政彦さん、松尾スズキさん、本谷有希子さんとご一緒です。甘くて苦い物語たち、良かったらぜひご覧下さい。

hanako-tanpen02

『一目惚れした彼らの場合』

目と目があったその日から、ひとつになって生きていこうよと、酒好きな女と、甘いもの好きな男が一緒になって作ったウイスキーボンボン。お酒を包んだチョコレート。ふたりは終始銀紙を剥いては食べ続け、酒びたりの暮らしのなかで幸せに早死にしたそうで「その話が好きなんだよね」と話してからというもの、彼女は毎年ウイスキーボンボンをクール便で送ってくれる。別れた後も。とはいえ毎年一個つまむ程度で、残りはすべて箱ごと冷凍庫にレンガのように積み上げられていく。そんなこんなで15年の歳月が経ち、氷の国のレンガの家は随分立派になってきた。その家には、あのふたりがいまも住んでいる。目と目があったその日から、しぬまで甘くて、しぬまで苦い、レンガの家でふたりが笑う。

 

『戦地に赴く我らの場合』

草むらの上に素足、遠い大陸、カカオ農園で働く人々に想いを馳せていた夕暮れに、「ウイスキーボンボンを毎年送ってくるこの女はなんなのよ」という現在の恋人の声が私の首根っこをひょいとつまんで座布団の上。「いやいや、これはね」と小一時間の説明の後、難を逃れて命からがらソファに倒れこむ。冷凍庫の中からひそひそふたりの笑い声が聞こえるようなバレンタインは、少なからず世間の男女に小さな戦争を引き起こす引鉄でもあり、甘い爆弾を抱えて戦地に赴く恋人たちに、せめて地雷を踏まないようにと祈りを捧げ、罪なきカカオは口のなか。銃弾飛び交う空の下、甘さ溶けゆく夜のはじまり。

hanako