6 Poems for GUERLAIN 『L’Art & La Matière』× GQ JAPAN
ゲラン「ラール エ ラ マティエール」の6つの香りに詩を書き下ろしています。声優・俳優の津田健次郎さんによる詩の朗読は、下記「GQ JAPAN」webよりお聞きいただけます。
https://www.gqjapan.jp/feature/20250704/guerlain


 
十分な水

塩と肉

永遠の魂

浮世は夢

抱えきれぬほどの甘さ

日に焼けた女たち

スパイスと酒

狂うことのないコンパス

争いのない土地

誰も投げ込まれない海
 
すべての願いと欲望を樽の中に詰め

船が傾いてしまうほど

男たちは運び込む

約束された暮らし

安息の地を夢見ながら

今日も誰かが海に沈むだろう

それでも船は帆を張って

海図にひいた直線を辿る

不滅の香りはどこにあるのか

たった一日だけ咲く花

とても小さな 南洋の島

 
DOUBLE VANILLE / ドゥーブル ヴァニーユの詩

(官能のバニラと絡み合う芳醇な酒樽)

野生味を感じさせるグルマンな香調を探しているなら、「ドゥーブル ヴァニーユ」は見逃せない。香ばしいバニラを主軸に、蒸留酒を思わせるラムとウッディなシダーが遠い南の島への船旅を想起させ、旅情を誘う。ポール・ゴーギャンが晩年にタヒチで制作した鮮やかな色彩の絵画の数々に例えられることからも、その異国情緒は明らかだ。豊かな土壌によって育まれるスパイスや南洋の花々の馥郁たる香りを内包し、粗っぽくも肌なじみよく人の体温を感じさせるバニラやラムのアロマが、力強く生命力にあふれた色気を醸し出す。(GQ JAPAN)

 


 
同じ石鹸で手を洗い、同じだけ草を踏んで歩いた。いつでもたくさんの話をして、雨の日には同じだけ雨音を聞いた。日々歩く草原に踏みしめた道ができて、ときどき動物たちもそこを歩いた。この暮らしがずっと続いて欲しいと願いながら庭で摘んだハーブたちは、いつも知らない物語を聞かせてくれた。
そんなふうにして私たちは長い年月をともに過ごし、やがて私たちは草になり、雨音になった。それから私たちは小さな動物になってこの草原をかつてと同じように歩き、風が緑の波を揺らし、「またいつか会いましょうね」と鼻先で約束をして別れた。
草原に建つ小さな家の戸棚には今も石鹸が綺麗に積み上げられていて、時折そこに迷い込んだものたちは嬉しそうに手に取っては鼻を近づけ、その紙の包みを開いた。
 
HERBS TROUBLANTES/エルブ トゥルブラントの詩

(清廉でありながら野趣あふれるハーブ)

「エルブ トゥルブラント」は、爽やかなハーブの香りを詰め込んだアロマティックなフレグランスだ。ベルガモットを中心に、ミントやローズマリー、コリアンダーといった素材の数々がみずみずしい植物の青っぽさを伝え、森林の中で深呼吸したかのようなリフレッシュした心地にさせる。ベースには柔らかいホワイトムスクが穏やかに溶け込んでおり、落ち着きのあるクリーンな香調からはバスルームの石鹸や洗いたてのリネンを想像する人も多いはず。そのすがすがしさは、ベルトラン・タヴェルニエが監督を務めた映画『田舎の日曜日』になぞらえられている。(GQ JAPAN)

 
ここは誰も知らない場所

昼のような夜

夜のような昼

すべて時間を飲み込んで

その深さに身を横たえる
 

そうしてあなたは何度でも

ここへくるだろう

影があってはじめて

かすかな光を感じるように
 

この世界の始まりの色を

私は筆を握ることで知った

光を捉えるたったひとつの方法

 
幾千年も前

静かな祈りのなかで

あの人の瞳に差し込んだ光を

思い出しながら

 
私はあなたを黒で描く

暗闇に走る 無垢の稲妻

一瞬の光は

あなたの網膜に焼き付いて

今日という日を永遠にとどめるだろう

驚くほどに 純粋な白として

 
NERORI OUTRENOIR / ネロリ ウートルノワの詩

(影があればこそ、光は輝く)

ビターオレンジの花を蒸留して抽出する、ネロリの香り。柑橘系のフラワーノートは、世間にも広く知れわたった特に人気の材料だ。この白い花の芳香が備える明るいイメージを、あえて濃く深みのあるスモークティーの要素で浮き立たせたのが「ネロリ ウートルノワ」。“影があるからこそ光がより輝く”と言わんばかりに、爽やかでありながらミステリアスな含蓄のある高貴なフレグランスへと仕上がった。そのアプローチは、黒という色彩を探求しその重なりで光を描いたフランスの巨匠、ピエール・スーラージュの抽象画を思わせる。香りにおいて明暗を取り入れた、画期的なアートといえるだろう。(GQ JAPAN)


 
大理石から

音もなくあなたを削り出し

なめらかなスエードをまとう様に

背中へ手を滑らせる

いにしえの彫像たちもまた

柑橘の実る太陽のもとへと

歩きだしていった
 

誰もいなくなった

白い立方体の部屋

いま光と影がもつれあって

一脚のソファの上にいる

 
CUIR BELUGA / キュイル ベルーガの詩

(なめしたレザーのストイックな洗練)

丹念に手入れされたホワイトスエードの香りを体現する「キュイル ベルーガ」は、ジャン=ミシェル・フランクがデザインしたホワイトレザーによるインテリアの繊細ななめらかさを象徴する。マンダリンやイモーテルといった明るくもスパイシーな植物の香りと、メタリックな印象を持つアルデヒドが合わさって、高潔な印象に。まさしくパリのシャンゼリゼ通りにあるゲラン本店のサロンを飾る、壮麗でモダンな空間のムードにぴったりだ。そのスタイリッシュで泰然とした様子が、紳士的なエレガンスを醸し出す一助となってくれるだろう。


 
マッチを擦って火をつけて

指揮者は煙草を指先に

オーケストラを指揮した

ゆるやかに流れる煙と音楽が

あなたをどこかへ連れ去ってしまう

 
灰皿に静寂が積もる頃

 
この世界に咲く花 そのすべてを

あなたに差し上げましょう

そう言って彼は

黄金色の瓶とスプーンをひとつ

テーブルに置いて行った

 
TABACCO HONEY / タバコ ハニーの詩

(危険で甘美──両極のコントラスト)

その名の通り、重厚感のあるスモーキーなタバコアコードと濃密なハニーを掛け合わせた「タバコ ハニー」。乾いた葉が持つ苦みや渋みと、とろりと湿度を帯びた蜜の圧倒的な甘さの対比が際立つ一本だ。その相反する要素に、アニスやクローブ、トンカビーンなどのスパイスや、ウードにサンダルウッドといったウッディノートが多面性を加えている。苦いのに甘く、クリーミーなのにスモーキー。二面性の危うい魅力を引き出すノートは、1960年代にイタリアで生まれた前衛芸術運動である「アルテ・ポーヴェラ(貧しい芸術)」のランドアートさながら、未加工のままの素材を慈しむかのようだ。(GQ JAPAN)